最高裁判所第二小法廷 昭和37年(オ)1324号 判決 1963年7月12日
上告人 高木正一(仮名)
被上告人 永井操(仮名)
右法定代理人親権者母 永田むめ(仮名)
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人池谷信一の上告理由について。
原判決の認定した事実によれば、被上告人の母は(イ)受胎可能の期間中上告人と継続的に情交を結んだ事実があり(ロ)上告人以外の男性と情交関係をもつた形跡はなく(ハ)上告人には、被上告人を「操」と命名する等、父としての言動があつたというのであり、また原判決が採用した中館久平の鑑定の結果によれば、ABO式、MN式およびRh-Hr式血液型鑑定上、上告人と被上告人は親子たりうるし、その可能性が大であるというのであるから、被上告人は上告人の子であると認定した原判決の判断は正当であり、論旨引用の大審院判決と矛盾するものではなく、却つて当裁判所の累次の判例(昭和三一年九月一三日第一小法廷判決・民集一〇巻九号一一三五頁、昭和三二年六月二一日第二小法廷判決・民集一一巻六号一一二五頁、昭和三二年一二月三日第三小法廷判決・民集一一巻一三号二〇〇九頁)と一致するものである。その余の論旨は、原審の専権に属する証拠調の範囲限度、証拠の取捨判断に対する非難にすぎないから、すべて採用しえない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之作 裁判官 草鹿浅之介)
上告代理人池谷信一の上告理由
原審判決は大審院判例と相反する判断を為した違法の判決であるから破棄さるべきである。
一、大審院が明治四十五年四月五日(明治四十五年(オ)第八六号)以来繰返し「甲男と乙女と相通じ、乙女より生れたる子が、甲男を以て自己の父なりとして認知を請求するには、単に甲男と乙女と情交を通したるの事実を証明したるのみを以て足れりとせず、乙女が其懐胎当時に於て他の男子と通ぜざりし事実関係を、乙女の操行その他乙女の懐胎当時に於ける四囲の情況に依りて確定し、以て甲男と乙女の交通が乙女懐胎の唯一の原因たりし事実に付きて、裁判所の心証を得ることを要し、裁判所は此の間の事情関係について、十分に職権調査を為すべきことを指示し、進んで事実証拠によりて、乙女が他の男子に接せざりしことの心証を裁判所に起さしむることを得ざりし場合、即ちこれらの職権探知の結果、乙女が当時不貞でなかつたことの心証が得られなかつた場合は、原告は認知の訴に於て敗訴すべきものとす。」と判示し、その判例は変更されたことなく、同趣旨の判例が繰返されているのである。(昭和五年五月五日言渡の昭和四年(オ)第一九五一号、昭和六年二月六日言渡の昭和五年(オ)第一九三五号、昭和九年六月二〇日言渡の昭和九年(オ)第五〇五号)
二、子の認知訴訟は人事訴訟の範疇に属するものとして、職権主義をとるものであり、裁判所は当事者の提出する証拠のみでなく、進んで職権を以て必要と思料される証拠調を遂行し、あらゆる証拠調を以てしても、その要証事実についてこれを真実と認める心証を得られなかつた場合は、初めて挙証責任分配の法則に従つて、その責任ある当事者の不利益に於て裁判することとなるのである。
然るに原審は要証事項について、上告人が提出援用した証拠については何等の判断を加えることなく、原審は之等の証拠のみを綜合して、本件の要証事項の総てを肯認し、被上告人勝訴の裁判をしたのであるが、又更に進んで職権を以て証拠調をした形跡がないことは、被上告人の母が被上告人懐胎の当時に於いて、頗る品行が悪く、他の男子との情交のあつたことを立証するために申出た証人の内の一人さえも取調べることなく、被上告人の挙証のみに偏重し、被上告人の母が上告人以外の男子と情交関係があつたことに関しては、事実上の推定を為さず、その他上告人が利益とする証拠は措信し難しとして、その反証を全く採用することなく、只それだけの理由で上告人敗訴の裁判をしたことは、人事訴訟法の職権主義に反し、訴訟に於ける挙証責任の法理を誤つたものというべきである。
三、以上の如く原審は前顕大審院判例による「事実証拠によりて、乙女が他の男と接せざりしことの心証を裁判所に起さしむるを得ざりし場合、乙女が当時不貞でなかつたことの心証が得られなかつた場合は、原告は認知の訴に敗訴すべきものとす。」に違反するものであるから破棄すべきである。